Vijual imagimation~今日、何を観ましたか?
今朝、Twitterを開けたら目に飛び込んできた写真がこれです。
これは、「長崎新聞」が8/9の原爆記念日に掲載したもの。
この黒い点は、今現在世界中に「在る」核兵器を表しています。
この一面を埋め尽くした、黒い小さな点。
その凝縮された圧力を感じてゾッとしました。
しかし、更に衝撃だったのは、その沢山の黒い点の中に二つの「赤い点」あり、その赤い点が、既に使用された核兵器を表していたことです。
それを見つけた時、思わず声が出ました。
「うそ・・・」
筆者は戦後生まれであり、戦争や原爆のことは、教科書や毎年終戦記念日や原爆記念日に放映されるドラマや特番で知ってはいました。
が、今日ほど現実味を帯びたことはなく、赤い点が正に「キノコ雲」に見えたくらいです。
恐らく日本国民なら、誰しも見つけた瞬間にドキッとするはず。
平和を祈ると同時に、この新聞広告の秀逸さに感嘆しました。
【視覚が捉えたものが自分に還る】
当然のことながら、私たちは毎日、沢山のものを目にしています。
TVや新聞、信号や看板、服装や靴、目に入るものを瞬時に判断して、「見分け」ています。
そのシステムは謎で、筆者にもそれがどう起こっているのかわからないし、考えたこともないことです。
しかし、一つ言えることは、「視覚が捉えたものは、全て自分に還ってくる」と言うこと。
この新聞の写真を観た時も、原爆のことを知らない世代には、数の多さにはびっくりしても、現実感は薄いかもしれません。
逆に、再三映画やドラマなどで取り上げられる「ホロコースト」のオブジェなどは、もっと感じるものを与えるかもしれません。
それは「知っている」と言う経験がイメージを創るからです。
※ベルリン=ホロコースト・メモリアル
【見えてきた景色は、自分に何を語るのかが知りたい】
このコンテンツは「今日、何が見えたのか、そして、自分は何を感じたのか」をキャッチしていくものです。
あなたは今日の二枚の写真を見た時、何を感じましたか?
青空の下、不規則な大きさでたたずむ石碑は、犠牲になった人々の背丈を表しています。
小さな子供のような背丈、大人の背丈、中背、高身長、今は冷たい石碑と変わってしまいました。
このメモリアルには、確実に犠牲になった人たちの傷みが存在していることを感じます。
ただ、写真を見ただけなのに。
それは、歴史の事実として知っているホロコースト現実が、あまりにも残虐で、そして沢山のドラマを生んでいるからです。
何より、私たちはそのことを絶対に忘れてはいけないと、理性が教えているからかもしれません。
日々、私たちは「よく見て、感じること」を忘れています。
忙しい毎日、ふと目に留まったものがあった時は、少し立ち止まって視線を預けてみてください。
何も見つからなくても、立ち止まっただけ、日常は変化したのですから。
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